新型コロナの影響で、変わりゆく私たちの暮らし。こんな時代だからこそ、手探りで、自分らしい新しい暮らしや未来を切り開く—。そんなヒントを本から見つけてみませんか。そこでFYTTEでは「コロナ禍の今だからこそ、読みたいオススメ本」を5回シリーズでご紹介していきます! 選者は “芥川賞・直木賞より売れる文学賞”と話題の「新井賞」の創設などで知られるカリスマ書店員・新井見枝香さん。1回目は「生きる・暮らし」をテーマに、新井さん独自の視点からオススメ本2冊の魅力を語っていただきました。
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今ではとても信じられないが、ほんの100年前の日本では、当たり前だったことがある。女子は勉強なんてしても無駄だと言われていたこと。好きでもない人に嫁がなくてはならないこと。ある小説には、工場の女子寮で出された「ビーフシチュー」という不気味なスープを口にして、お腹を下してしまうシーンもあった。今ではビーフシチューどころか、ファミレスで羊の肉さえ気軽に食べている。人間は進化する生きものだから、少しずつ確実に、心も体も順応していく。今後我々が「人間の肉」を喜んで食べる日も、来ないとは言い切れないのだ。
芥川賞を受賞した『コンビニ人間』(文藝春秋)で「普通」とは何かを問うた村田沙耶香さんは、『生命式』(河出書房新社)で、人の肉を食べることが「普通」の世界を書いた。現代でも葬式の後に遺族が用意したご馳走を食べる習慣はあるが、その代わりに、死んだ人の肉を調理して食べるのである。しかも、その肉を食べた後に、性交をすることが良しとされる。新しい命を生み出すことで、死者の命を無駄にしないという考えだ。物語の主人公は、しかしその常識についていけない。ほんの数十年前は「人の肉を食べる」なんて、冗談でも言えない世の中だったのに。
新型コロナウイルスの影響で、会食はおろか、葬式に参列することすらままならなくなってしまった。今後、葬式のスタイルが大幅に変わる可能性だって、なきにしもあらずだろう。周囲を異常だと感じていた主人公は、それでも自分なりの考え方で、新しい「常識」を受け入れていく。
世の中が大きく変わるとき、自分の頭で考えることを止め、周囲に流されたほうが、本当は楽かもしれない。だが、そういう時こそ自分の生き方を自分に問い質すチャンスだ。正常を見失った時だからこそ見えてくる自分の本質がある。たとえば、今まで当たり前に会っていた人と会えなくなることで、本当はひとりでいることが好きなのだと気付く人もいるだろう。
『ソロ活女子のススメ』(大和書房)は、ひとりの達人・朝井麻由美さんによる、「ソロ活」バイブルだ。人とすることが常識と思われていることを、ひとりでも楽しくできると、自分が実践することによって証明した本だ。
大人数でカラオケに行けば、歌いたい歌が歌えず、聴きたくない歌にも手拍子を打たなければならない。ひとりならマイナーな曲を好きなだけ歌ってもいいし、感染の心配だってない。自粛期間が明けても、人を誘いづらく、かといってひとりじゃなにもできないと時間を無駄にした人は、この本を読んで、自分が本当はどんな風に日々を送りたいのかを、今一度考えてみると良いかもしれない。悪いのは、カラオケや飲酒ではないはずだ。大人数で騒ぐことが好きな人には、辛いだろう。だが、そうでなければ、こんな世の中にだって、楽しいことはいくらでもあるのだ。
文/新井見枝香
【今回のオススメ本】
『生命式』村田沙耶香 著 (河出書房新社) 1,650円+税
夫も食べてもらえると喜ぶと思うんで――死んだ人間を食べる新たな葬式を描く表題作のほか、著者自身がセレクトした、脳そのものを揺さぶる12編。文学史上、最も危険な短編集!
『ソロ活女子のススメ』朝井麻由美 著(大和書房) 1,400円+税
ソロ活の達人がオススメのひとり〇〇を紹介。ひとりカラオケ、ひとり焼肉、ひとりディズニー…ソロライフの楽しみ方は無限大! カラオケでマイナー曲を熱唱しても、動物園で一日中パンダを見続けても、ソロ活ならオールOK! 初心者から上級者まで楽しめるソロ活30選付き。