以前に、瞑想のことを書いたのですが、今回はその続きのような話です。
心を無にするってどういうことでしょうか?
「何も考えず、 心を無にします…」
そう言われたところで、「無になるって?」と考えてしまったり、「無にならなくては」と逆に焦ってしまったりして、結局その段階で、一般的に言われる「無の状態」ではなくなってしまうのです。
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「無」の状態って、どんな状態?
ここからは「マイ・メソッド」で、ひとつの考え方ですから、一般的なものとは違っているかもしれません。
私は「無」という状態を説明するとき、自分の経験になってしまいますが、「何もない状態」ではなく、「すべてが含まれている状態」ととら
えています。言うなれば、境界線のない状態。創造する前の状態で、すべてがこの中にあるけれど、何もとり出していない状態です。
私もクリエイターで、物作りをします。ですので、そのことで例えると、頭の中にはあるけれど、まだ表現してはいない状態、形にはしていない状態のことです。
「無」は、「無い」という状態とは違うのではないかと思っています。いわば、「空間」です。「空(くう)」のほうがピンときます。
物ごとに意味づけしないことの重要性
では、「無」の状態になるにはどうすればいいのか、という話ですが、まずは心を平らにすることです。物ごとに意味づけせず、フラットにすること。
例えば、瞑想していたとしても、心に浮かんだ過去のこと、未来のことに意味づけさえしなければ、それはただの「状態」ということになり、だんだんと去って行きます。
わたしたちの想像力は、自分自身が心を寄せているできごとに瞬時に私たちを運んでいきます。ですから、本当に望んでいるできごとを自分に運ぶためには「意味づけをしない」ことは、とても大切なことなのです。
この世界で、私たちが知っていることは、ほんの一部です。
意味づけをすることで、劇的な、奇跡的な可能性にも、私たちは無意識にも自ら制限をかけてしまっているのです。
心を平らに、フラットにして、状態があるだけということをそのまま受け入れる…。今の自分の状態を知る…。心の状態に気づく…。可能性を知る…。
それができるようになってくると、自分にやさしくできるようになってきます。それが人にもやさしくできることにつながり、起きるできごとも自然に変わってくるのではないかと思います。
物ごとに意味づけせずにフラットに流れに任せることも、結果的には自分を信頼することつながっていきます。