開幕まで500日を切った、東京2020オリンピック・パラリンピック。56年ぶりの国内開催ということもあり、日本人選手たちの活躍を楽しみにしている人も多いでしょう。東京2020大会に向けてムードが高まる中、注目を集めているアスリートの一人が、リオ2016パラリンピックで7位入賞を果たした、パラアーチェリーの上山友裕(うえやまともひろ)選手(三菱電機所属)です。
上山選手は、これまでに全国身体障害者アーチェリー選手権大会で3連覇を成し遂げている実力の持ち主。国内ではもはや敵なしといえる圧倒的な強さに加え、さわやかなルックスと気さくな人柄で、女性ファンも急増しています。
今回、FYTTE編集部では、そんな上山選手へのインタビューを実施。東京2020大会に向けての目標や、スポーツを続けることのメリットについて、お話をうかがいました。
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■「会場を満員にしたうえでの、金メダル!」東京2020大会に掲げる目標
上山選手がアーチェリーと出会ったのは、大学時代のことでした。その後、社会人になってから突如として原因不明の両足マヒにより、車イスでの生活を余儀なくされましたが、現在ではパラアスリートとして数々の大会で優秀な成績を納め、2020年の東京パラリンピックでは、メダル獲得に大きな期待が寄せられていています。
「日本代表になれたのは、この足のおかげ」とじつに前向きに語る上山選手に、2020年東京パラリンピックでの最大の目標は何かと尋ねてみると、「会場を観客で満員にしたうえでの金メダル」という答えが返ってきました。
「自国で開催されるからには、試合に勝つだけでなく、会場を盛り上げることにも貢献したい」と、熱い想いとともに語ってくれたのは、上山選手が会場の盛り上がりの重要性を実感したというエピソード。
「前大会(2016年リオ)では、金メダルを獲った選手にトーナメントで負けて、7位入賞という結果でした。その一方で、予選のときに自分よりずっと下の成績だった地元ブラジルの選手が次々に強豪を倒し、最終的に4位入賞を果たしていたのを見て、すごくビックリしたんです。観客の声援が、これほどまでに選手を後押しするとは」
日本では未だマイナー競技とされるアーチェリー。上山選手曰く、国内大会では、観客が1人もいないということもあるそう。
「日本オリンピック委員会(JOC)のアスナビ制度により2014年に三菱電機に入社してから、競技に集中するための環境を大きくサポートしてもらえるようになり、週2回だったアーチェリーの練習を、週5〜6回に増やすことができました。今は、世界のトップ選手たちと比べても負けないぐらいに練習をしているという自信があります。2020年、幸運にも日本でパラリンピックが開催されることは最大のチャンス。いかに観客の声援を集めて自分の力に変えられるかが大切だと思っています」
自身が活躍することによって、アーチェリーという競技全体の盛り上がりに貢献することまでを目標としている上山選手。現在は、練習の合間をぬってメディアへの露出を積極的に行うなど、アーチェリーの魅力を伝えるための活動にも注力しているそうです。
■まさに神業! 上山選手が感じるアーチェリーの魅力
アーチェリーは「的の中心を射る」というシンプルな競技ですが、それゆえに精神力が問われるスポーツでもあります。競技に集中している状態の上山選手は、矢を放った瞬間に「的のどこに当たるのかわかる」こともあるそう。
「サイト(照準)がピタッと合った瞬間、手をまったくブラすことなく、完璧なタイミングで矢を放つ。これができたときには、的のど真ん中に当たったということが瞬時にわかるんです。最高に気持ちいい瞬間で、これはアーチェリーをやっている人間にしかわからない醍醐味かもしれません」
上山選手が活躍するリカーブ部門の場合、アーチェリーの的は70mも先にあるため、矢が当たったかどうかを肉眼では確認することができません。選手たちは、単眼鏡というスコープを使って、試合中に放った矢が的のどこに当たったのかをつど確認しています。「放った瞬間に矢がどこに当たったのかわかる」というのは、まさに神業といえますね。
実際、取材前に練習風景を見学させていただいた際にも、上山選手が放った矢は、1本目で見事に的のど真ん中を射抜きました! 取材時には強い風が吹いていたのですが、上山選手はそういった環境下でも一発目で命中させるという、スターらしい見事なプレイを見せてくださいました。
■メンタルにもフィジカルにも大きく影響! スポーツを続けることのメリットとは?
上山選手は、アーチェリーだけでなく、高校時代はラグビー選手として活躍するなど、昔からスポーツに親しんでいたそうです。そんな、上山選手は、スポーツを続けるメリットについて、どのように感じているのでしょうか。
「まずメリットのひとつとして挙げられるのが、筋力を維持できることです」適度なスポーツをすることで、加齢とともに衰えはじめる全身の筋力を維持できることが、スポーツをするうえでのメリットのひとつだと言います。ちなみに、アーチェリーの弓を引くときにかかる重さは、なんとボウリングの玉3つぶんにも相当するそう。この負荷にも関わらず、上山選手は練習の際に1日平均200~300本もの矢を射っているのだというから、そのハードさがうかがえます。
さらに、上山選手はこうも語ります。
「現代社会においては、デスクワークが中心の方も多いと思いますが、座りっぱなしというのは健康によくありません。歩く機会が増えるというのもスポーツをするメリットのひとつですね。アーチェリーは止まって弓をひくスポーツですが、意外と歩くんですよ。撃った矢を自分で取りにいく際、70メートルを往復で歩くことになりますから。それを1日に何度もくり返すので、じつはかなりの距離を歩くスポーツなんですよね」
両足のマヒを経験したことにより、歩くことが健康にとってどれほど重要なのかを痛感している上山選手。トップアスリートであっても、やはり車イスの生活をしていると、どうしても下半身の血流が悪くなってしまうことがあるそう。だからこそ、スポーツをすることで必然的に歩く量を増やせるのは、大きなメリットとなるようです。
「最後にもう1つ挙げるとしたら、やはりスポーツを続けることは精神的にもすごくメリットがあると思いますね。ストレス解消にもなるし、スカッとする瞬間が必ずある」
と、上山選手。確かに、日々の生活の中で感じるストレスをスポーツによって軽減できたり、メンタルを鍛えられたりするのは、大きなメリットと言えそうですね。
また、アーチェリーというスポーツを続けたことで、上山選手の体には“意外”な変化も起きていました。なんと、0.6ほどまで下がっていた右目の視力が、1.0まで回復したと言うのです。
「視力検査の結果が、昔よりもよくなっています。最初は見えなくても、70m先の的を見るようなイメージで集中を始めると、不思議と見えてくるんですよ。自分でもびっくりしました」
と、笑いまじりに教えてくれた上山選手は、トップアスリートとして、もちろん体のケアも欠かしません。
「特に冬の間は、風邪やインフルエンザの対策としてマスクが手放せません。逆に夏はサングラスが必需品。これは目から入る紫外線を防ぐためです。また、皮膚科で処方してもらう日焼け止めも、こまめに塗るようにしています。それでも、リオ2016パラリンピックの時には、日差しが強すぎて大変なことになってしまいました」
さらに、こんなエピソードも明かしてくれました。
「最近はメディア出演も増えてきたので、爪のケアをするようになりました。アーチェリーという競技の特性上、手がアップで映し出されることが多いんですよ。アーチェリー競技者にとって、手は練習の成果があらわれる部分で、ゴツゴツしていたり、マメができたりしやすいのですが、そのぶん爪は清潔感を保っておきたいなと。最近、電動やすりを買ったので、気づいたときにケアをしています」
今後、メディアなどで上山選手を見かけた際には、その指先までチェックしたくなりますね。
■アーチェリーは運動が苦手な人ほどオススメ?
上山選手に「アーチェリーをするとしたら、どんな人が向いていますか?」と質問したところ、意外にも「スポーツや運動が苦手だと感じている人」との答えが。上山選手曰く、「あらゆるスポーツを体験してきて、何をやってもダメだった人がアーチェリーで覚醒する」というのはよくあることなのだそうです。
「健康のために体を動かさないといけないことはわかっているけれど、運動が苦手」という方も世の中には多いかと思いますが、そういう方はぜひ、一度アーチェリーに挑戦してみるのもいいかもしれませんね。
パラアーチェリー・上山友裕選手へのインタビューでは、気さくな人柄がにじむ回答のなかに、トップアスリートとしてのプロ意識や、アーチェリーにかける熱い情熱が伝わってきました。2019年春現在、開催まであと500日を切った2020年の東京パラリンピック。アーチェリーの決戦の舞台となるのは、新木場「夢の島公園」です。金メダルを目標に勝負に挑む上山選手に、熱い声援を送りましょう!
<プロフィール>
上山 友裕(うえやま ともひろ)/アーチェリー選手
1987年8月28日生まれ、大阪府東大阪市出身。同志社大を卒業後、社会人1年目だった2010年の冬に両下肢機能障がいを発症し、障害者アーチェリーを始めた。日本オリンピック委員会が運営する「アスナビ」制度を利用して、2014年春に三菱電機に入社し、2015~2017年に「全国身体障害者アーチェリー選手権」で3連覇。「リオデジャネイロ・パラリンピック」では7位に入賞した。身長180㎝、体重68㎏。
取材・文/藤森もも子