大泣きしたことでスッキリした経験はだれにでもあるのではないでしょうか? 実は、これは理にかなっていて、脳科学の実験でも証明されています。仕事でストレスを抱えやすい、疲れているのになかなか寝付けない……そんなときこそ号泣するのが効果的だというのは、セロトニンと涙の効果を長年研究してきた脳生理学者の有田秀穂先生。意識的に泣くことでストレス解消を図る「涙活」の監修者としても活動する有田先生に、泣くことの効果と涙活の取り入れ方を教えていただきました。
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ストレス解消に効果的な2大要素「セロトニン」と「涙」
私たちの脳は、心身が不快に感じることをすべて“ストレス”と認識するそう。生きている限り、ストレスをなくすことができないのであれば、いかにストレスを受け流す方法を身につけるかが、心身を健やかに保つ秘訣だと有田先生は話します。
「ストレスには“身体的なもの”と“精神的なもの”の2種類があります。身体的ストレスは“痛い”といった、体に直接の不快さを感じるものです。精神的ストレスは、不安があったり人間関係のトラブルであったり、直接な痛みはなくても心にダメージをもたらすもの。人間は感情を持つ生き物なので、この精神的ストレスを受けやすい存在です。しかも、PCやスマホで常に情報にアクセスし続ける現代社会においては、さらにストレスの増加が加速しています。
このストレスを緩和する働きとして効果的なのが、セロトニン神経の活性化と泣くことです。セロトニン神経とは神経細胞の一つで、セロトニンという神経伝達物質を分泌することで自律神経を調整したり、痛みの感覚を抑制したり、心のバランスを保ったりというような働きをすることで、心身がスムーズに活動できるように調整しています。セロトニン神経を活性化するためには、朝日を浴びてウォーキングをする、夜は電気を消してゆっくりと寝るという生活サイクルが効果的です。
もう一つの泣くことについて。動物の涙には、眼球を乾燥から守る『基礎分泌の涙』、角膜を保護する『反射の涙』、心を動かされたときに流す『情動の涙』の3種類があります。人間にしか備わっていないのは『情動の涙』です。これは、脳の中のストレスを一気に洗い流してくれる涙で、抗ストレス能力があるのです」(有田秀穂先生、以下同)
ストレスを洗い流す“情動の涙”とは?
“情動の涙”を流すことが、ストレス解消にどのような働きかけをするのでしょうか? さらに詳しく解説していただきます。
「まずは、3種類の涙の違いから説明していきましょう。1つ目の『基礎分泌の涙』は、目を保護するために目を潤す涙です。パソコンの使いすぎなどで起こるドライアイは、この基礎分泌の涙が不足してしまう疾患です。
2つ目の『反射の涙』は、目にゴミが入ったときや、玉ねぎを切るときに流れるような涙です。目に入ってきた異物を洗い流すための働きをしています。
3つ目の『情動の涙』は、悲しいときや悔しいとき、感動したときなどに流れる涙です。『情動の涙』が持つ抗ストレス能力の仕組みをもう少し詳しく説明しましょう。涙腺は副交感神経のコントロール下にあり、泣くことにより副交感神経が興奮状態になります。そもそも起きているときは交感神経が優位に働き、ストレス状態にあるときは、この交感神経の緊張が高まっている状態になるのですが、そのような状況で大泣きすると、一気に副交感神経が興奮して交感神経とスイッチング。これにより、ストレスが流されるのでスッキリするのです。例えば結婚式に参列すると、祝福や共感などさまざまな感情が湧き起こり、涙が溢れ出すことがありますね。この涙は、普段なかなか泣けない男性でも流しやすい涙ではないでしょうか。『情動の涙』の中でも特に、美しい涙だと感じますね」
「交感神経」と「副交感神経」の働き
交感神経……起きているときに優位に立つ神経回路。ストレスがかかると興奮状態になり、脈拍を上げ、体温を上昇させる。
副交感神経……眠っているときに優位に立つ神経回路。脳がリラックスしている状態で、脈拍を下げ、体温を下げて体を休める。
大泣きすると眠くなる! 不眠症対策にも号泣が効果的
不眠症の解消には号泣が効果的だと言う有田先生。
「デジタル社会になり、常にパソコンやスマホを見る生活を続けている現代人は、太陽の光を浴びる時間や運動不足などにより、セロトニン神経の活性化が弱まる傾向にあります。そして、その影響は交感神経から副交感神経への切り替えにも支障をきたし、疲れているのに眠れない不眠症を引き起こしています。
号泣すると、交感神経から副交感神経へのスイッチングが起きるので、体が眠っている状態のようにリラックスできるだけでなく、実際に眠りを誘導することもできます。とくに、人に共感して涙を流すと、共感脳と言われる前頭前野の血流量が増加し、副交感神経が活性化されます。不眠症で悩んでいる方は、積極的に号泣できる映画や音楽などに触れて、感動の涙を流すとストレスが解消され、大きな開放感が得られるでしょう。
このとき注意したいのが、感動したけれど泣けないという状態です。いくら感動しても涙が流れないと、この交感神経から副交感神経へのスイッチングは得られません。流す涙の量ではなく、泣くことに意味があるのです」
笑うより泣くべき?
こまめに笑って、激しく泣く! “週末号泣”を習慣化しよう
ストレス発散には笑うことも効果的ですが、笑うよりも泣く方がストレスの解消効果が長く続きます。
「免疫力を活性化させるという意味では笑うことはとても効果的です。お腹の底から笑うことで、がん細胞やウィルス感染細胞を攻撃する免疫細胞のナチュラルキラー細胞の働きが活性化するという報告もあります。
笑いと涙を比較すると、笑いは1分程度の短時間でストレスを解消する効果が出ますが、笑い続けていないとその効果は持続できません。一方で泣くことは、2時間の映画を見て最後の数分間泣いただけでも、そのストレスを解消させる効果が長く続きます。個人差はありますが、1回の号泣で1週間分の疲れやストレスが吹き飛ぶというケースもあります。
沈んだ気持ちはこまめに笑うことで上げる、そして、週末には泣ける映画やコンテンツでたっぷりと涙を流して、1週間分の疲れを癒し、心身をスッキリさせる。この2つの組み合わせでストレスを解消していくのが、ストレスフルな時代を健やかに過ごす秘訣だと言えます」
これはNG! 他人にストレスを与える泣き方とは
『情動の涙』の中には悔し涙も含まれます。泣きさえすればストレス解消の効果はありますが、他人のストレスを増やす涙を流すことは、さらなるストレスが生じる危険があるので避けた方がいいでしょう。
「人前で泣くときには、他者がストレスを感じる泣き方をしないように注意が必要です。例えば、上司に叱責されて泣き出す、負けた悔しさをあらわにして、相手に憎しみを込めた泣き方をするのはよろしくありません。もし、そのようなシーンで泣きたくなったら、個室やひとりきりになれる場所へ移動して、誰にも迷惑をかけない状況で泣くようにすれば、スッキリする効果は得られるでしょう。
高校野球のようにスポーツの勝敗を通じて流す涙は、ちょっとニュアンスが違いますね。こちらは周囲を感動させる涙なので、ここでいうストレスを増やすものとは異なります。泣きたいときはガマンせずに泣くけれど、他人にストレスを感じさせる泣き方はNGだと意識しておきましょう」
翌朝の腫れぼったい目を回避するには? 美しくスッキリ泣く方法
泣いたことで心がスッキリしても、涙を流すと目が腫れぼったくなるのが悩ましいところ。腫れを鎮める、そもそも腫らさないためにはどうしたらいいのでしょうか?
「涙腺で作られている涙の成分は血液です。体の中から出てきたものが、直接の要因となって目の炎症を起こすわけではありません。泣いた後に目が腫れてしまうのは、目をこすることで、外にある異物が涙によって目に入りこむために起こります。泣く前にはメイクをキレイに落とし、流れてきた涙を目元でこすらないようにするといいでしょう。泣くことで副交感神経優位の癒しの状態になっているので、そのような精神状態にある表情は美しく見えるという効果も期待できます。まぶたの腫れを引く方法はいろいろありますので、ご参考までに涙活プロデューサーの寺井広樹さんとの共著の『涙活でストレスを流す方法』(主婦の友社)にあるノウハウを一例として紹介します」
目の腫れをおさえる方法
1.温冷法で目のまわりの血行促進
泣いたあと、すぐに目の周りを2〜3分保冷剤などで冷やし、次に温かい蒸しタオルを当てて温める。この冷温の流れを数回繰り返しましょう。
2.長めの半身浴をする
体の血行を促すことでむくみを解消します。湯船の中では、目をかたく閉じて大きく開くという目元の体操を数回行うことで、目の周りの血行を促します。入浴後に目元のアイクリームでやさしくリンパマッサージをするのも効果的です。
3.炭酸水で目元パックをする
炭酸水には血行を促進する作用があります。無糖の炭酸水をコットンに含ませて、まぶたの上に置いて2〜3分置くと、目元の血流が良くなります。
4.ティーバッグをまぶたにのせる
使用済みの紅茶のティーバッグを冷蔵庫で冷やし、まぶたの上にのせて5分ほど放置します。紅茶に含まれる成分がまぶたの腫れを抑えてくれるようです。号泣映画を見ながら、鎮静作用のあるカモミールティを飲み、そのティーバッグ を目元ケアに使うのがオススメです。
額の裏、脳の前面にある前頭前野は、人間のみが発達している共感脳です。感動の涙を流すことで共感脳の血流を促すことにより、ストレスが流され心身が癒されるといことがわかりました。これはストレスを抱えやすい人間が自らの身を守るために身につけた防衛本能ともいえます。
週末の夜はたくさん泣いてスッキリして、心と脳をリセットする涙活を取り入れることで翌週に備える。この流れで安眠と健やかな精神状態を手に入れましょう。
Profile
医師・脳生理学者 / 有田秀穂
東邦大学医学部名誉教授。脳生理学者。医師。セロトニンDojo代表。
1948年東京生まれ。東京大学医学部卒業後、東海大学病院で臨床、筑波大学基礎医学系で脳神経系の基礎研究に従事、その間、米国ニューヨーク州立大学に留学。東邦大学医学部統合生理学で坐禅とセロトニン神経・前頭前野について研究、2013年に退職、名誉教授となる。現在は脳内セロトニンを活性化させる技法を教えるセロトニン道場の活動に力を注ぐ。『脳からストレスを消す技術』(サンマーク出版)が20万部以上のベストセラーとなったストレス研究の第一人者であり、涙活プロデューサーの寺井広樹さんとの共著『涙活でストレスを流す方法』(主婦の友社)ほか、著書多数。
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