緊張や不安で食欲がなくなったり、逆に便秘が続いて憂うつになったり…。そんな精神的なストレスや不安と腸の不調が結びつくような経験をしている人は多いかもしれません。じつは、こうした現象は腸と脳がお互いに情報を送り合う関係にあるために起こり、近年、そのメカニズムが科学的に解明されつつあります。腸と脳の不思議な関係について、腸内細菌やビフィズス菌研究に詳しい森永乳業研究本部基礎研究所長の清水金忠先生にお話をうかがいしました。
Contents 目次
腸と脳、どうやってつながっているの?
近年、注目されている腸と脳の相互関係。これを一般的には「脳腸相関」と呼びますが、今回、FYTTEは腸に主眼を置き、あえて「腸脳相関」という表現を使いながら、腸と脳の関係をひも解いていきたいと思います!
編集 鈴木
腸と脳は深いつながりがあり、頻繁に情報交換していると言われます。実際にはどのようにつながっているのでしょうか?
清水先生
腸と脳の情報伝達ルート・手段はいくつかあるのですが、よく知られているのが自律神経ですね。また、腸には腸管神経といった腸独自のネットワークがあり、こうした神経系がまずひとつ挙げられます。
編集 鈴木
ストレスを受けると自律神経の交感神経が優位になり、ぜん動運動が停滞すると言われていますね。
清水先生
神経系のほかにも、ホルモンや腸の免疫細胞から放出されるサイトカイン(情報をもったたんぱく質)も手段です。さらに現在はこの腸脳相関に腸内細菌が深くかかわっていることがわかっていて、腸内細菌がつくる短鎖脂肪酸などの代謝産物も情報伝達を担っていると指摘されています。
編集 森下
腸内細菌も関係しているんですね…!
清水先生
そうなんです。ですから、一般的には脳腸相関といいますが、今回のように腸脳相関といっても問題はないでしょう。そして、いまや腸内細菌を抜きにしては腸脳相関を語れないほど、<腸・腸内細菌・脳>のトライアングル関係に注目が集まっているんです。
編集 鈴木
そもそも、なぜ腸内細菌が着目されるようになったのでしょう?
清水先生
背景には腸内細菌の解析技術が飛躍したことがあります。腸脳相関(Gut-Brain Axis)についての研究が出始めたのは1976年からですが、腸と脳が神経を介してつながっていると考えられているだけでした。しかし、2009年には腸内細菌叢がかかわっていることを意味する“microbiota-Gut-Brain Axis ”という言葉が登場するなど、腸脳相関研究が一気に進み、腸内細菌の関与が明らかになってきたのです。
腸内細菌がストレス耐性に影響!
編集 鈴木
<腸・腸内細菌・脳>の関係について、ぜひ押さえておきたい研究がありましたら教えてください。
清水先生
世界に先駆け、腸脳相関に腸内細菌がかかわっていることを示した研究として知られるのが、2004年に発表された九州大学の須藤信行先生たちによる、腸内細菌の有無とストレスの関係を調べたマウスでの実験です。お腹のなかに腸内細菌をもつ通常のマウスと、もたない無菌マウスにそれぞれストレスを与えた結果、無菌マウスのほうがストレスホルモンの分泌が増え、不安行動が多く見られました。しかし、無菌マウスにビフィズス菌を与えたところ、ストレス耐性は通常マウスと同程度に回復し、行動も正常に戻ったのです。
編集 森下
なるほど! 腸内細菌がストレス耐性に関係していることが一目瞭然の結果ですね。しかも行動まで変えてしまうとは驚きです。となると、超ストレス社会に生きる私たちにとっても腸内細菌、つまり腸内フローラ(腸内細菌叢)を良好に保つことが、やはり大切だといえそうです。
編集 鈴木
たしかに! 腸内細菌の役割って私たちが思っている以上に偉大なんですね!
世界は、脳の神経疾患との関連にも注目
編集 森下
腸脳相関のカギである腸内細菌に関連する研究はまだまだ発展しそうですが、いま世界の研究現場でホットなテーマはありますか?
清水先生
やはり腸内細菌とアルツハイマー型認知症といった脳の神経疾患や、うつ症状などとの関連性についてですね。なかでもアイルランドの研究チームは「サイコバイオティクス」(気分や脳の機能に影響を与える有用な腸内細菌)という言葉を提唱しながら精力的に研究を発表していて、その知見は世界で注目されています。
編集 森下
え~!? 腸内細菌との関係から脳やメンタルの病気の解明も進んでいるなんて、すごい! 腸内細菌の世界は本当に奥深いですね。
清水先生
冒頭に、腸と脳の情報伝達手段のひとつとして、腸内細菌がつくる代謝産物についてふれましたが、じつはこの代謝産物が脳の疾患との関連を解くカギになってくるんです。
編集 鈴木
代謝産物がカギ…! 気になりますね~。では次回は、腸内細菌が認知症などの脳機能に与える影響などについていろいろおうがかいしたいと思います!
お話をおうかがいしたのは…
森永乳業研究本部基礎研究所長
清水金忠さん
理化学研究所などで研究職に従事したのち、1995年に森永乳業入社、2015年より現職。農学博士。主な研究テーマは腸内細菌やビフィズス菌の基礎・機能性研究、および応用技術開発。
取材・文/番匠郁