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Vol.1 フェムテックの原点、体を知るための「性教育」【「性を語る会」代表 北沢杏子さんインタビュー】
FYTTEでは2024年のヘルスケアトレンドとしてフェムテックの知識や学び、実践を重ねるフェム・トレーニング、「みんなのフェムトレ」を提唱しています。今回は「フェムテック」の原点、「自分の心と体を知る」学びのひとつとして、日本の性教育実践者である「性を語る会」代表の北沢杏子さんにお話を伺いました。
Contents 目次
”性教育は人権教育”を信念に、1965年から性教育ひとすじに研究と実践を積んできた
北沢杏子さんが性教育の授業や講演、シンポジウムなどを行っている「アーニホール」。そのホールの前に掲げられているのが上の写真の「性教育の樹」です。1965年から今日まで、性教育ひとすじに研究と実践を積んできた北沢杏子さんの性教育の理念を図式化したのが、この「性教育の樹」なのです。いまでこそ、フェムテックブームのおかけで月経や性について語ること、また性教育の重要性が見直されてきていますが、北沢先生が性教育を始めたのは1965年のこと。まだ、日本では性も性教育もタブーの時代だったのです。
性教育をはじめるきっかけは、少年院での少女たちとの出会い
テレビドラマや児童演劇の脚本を手掛けるなど、もともとは映像や演劇の制作現場で働いていた北沢さんが、性教育を始めたのは1965年の頃。当時の文部省(現:文部科学省)の婦人教育課長に、思春期の子どもを持つ母親向けの性教育教材の制作を依頼されたことがきっかけでした。そして、時を同じくして法務省から少年院にいる少年少女たちの更生を願う矯正教育教材『光を求めて』の制作、特に少年院入所中の女子の取材を始めたことも性教育実践者として歩む大きな後押しになったといいます。
ドキュメンタリーの制作のために、北沢さんは「でんすけ」という大きな録音機器を抱えて、全国の少年院を幾度となく訪れます。少年院の取材で会う少女たちは、素顔はあどけない、年端もいかない年齢でした。非行に走った少女たちの成育歴は複雑なものが多く、親による虐待・性虐待から家出をしたのち売春、薬物依存と走り、その結果、少年院に送られてきたケースも少なくなかったそうです。
「甘い言葉をかけてくる男たちに妊娠させられ、挙句の果てに中絶…。STD(性感染症)の治療中の子もいました。無知ゆえに利用されているんです。この子たちがせめて性教育さえ受けていたら、性教育の学びさえあれば、望まない妊娠や中絶といった悲劇は防げたのではないか?と取材を通して強く思いました」と北沢さん。
「今から約60年前、その当時の日本の教育現場には男性有識者によって定められた純潔教育が中心。女性に処女性の尊重や貞操観念といった思想を押しつける一方で、悪意のある男性から性虐待や性搾取が行われている矛盾」また、「性の知識も社会的な権力も持たない少女たちは、そんな男性たちの絶好の餌食でした」(北沢さん)
北沢さんは少女たちの悲劇を目の当たりにし、性教育をライフワークにすることを決意します。
性教育で”科学的”に体の機能を知ることが、ジェンダー平等意識にもつながる
北沢さんの教える性教育は、性教育の先進国・スウェーデンやデンマークなどの欧州70か国で使われている、ユネスコの『国際セクシュアリティ教育ガイダンス』と同様、成長年齢に合わせて段階的に学べる内容になっています。
第二次性徴期を迎える前段階の5~8歳向けの「レベル1」では、男性と女性の機能の違いからジェンダー(性差)について学びます。
取材当日は、「性を語る会」事務局の平 亜里さん(北沢杏子さんの娘)が、看護学生を招いて小学校3年生向けの性教育講座を開いていました。
女性は成長とともに胸がふくらみ、性毛が生える。男性はのどぼとけが出て、性毛が生える。そして男女それぞれが異なる生殖器を持っていて、その中で作られる「精子」と「卵子」が結びつくことで赤ちゃんが生まれる…。男女の基本的なメカニズムを学びます。
目に見えないほどの小さな精子と卵子が結びつき、280日を経て約3kgに成長した赤ちゃんとなり、生まれてくる…。その奇跡に、かつて性教育を受けた子どもからは「自分の体も心も大事だけど、みんな(奇跡を経て)生まれてきたんだから、他人のことをいじめたり差別したりしてはいけないんだ」という意見も聞かれたとか。
「体のメカニズムを学び、自分の性だけでなく男性の性を知る。相互理解こそが、性差や差別のない思いやりのある関係性を築く。小学校4~5年生対象の男女共修の授業で、男子が『女の子の月経って大変だな』、女子は『男の子の夢精って大変だな』という相互理解が構築される」と北沢さんは語ります。
「プライベートゾーン」を守ることは“自分の人権を守ること”
その学びの中で、何度もくり返して発言されるのが「プライベートゾーン」です。このプライベートゾーンとは個人の人権――「ひとに見られたり見せられたり、さわったりさわられたりしてはいけないところ」。具体的には、胸やお尻、性器など水着や下着でかくれる大切なところです。
「自分の体は自分のもの。とくにプライベートゾーンは自分の意に反して、他人にさわらせてはいけない場所。基本的人権が最も守られるべき場所なんです。心と体の大切さを教える性教育は、すなわち人権教育なのです」(北沢さん)
前述の通り、北沢さんが一貫して訴えているのは「性教育は人権教育」ということ。その理由は、北沢さんが考えた「性教育の樹」を眺めると自然に理解できます。
「たいせつな命」「どう生きるか」が太い幹となり、その枝葉に「生殖教育」「月経教育」「処置教育」が。そのほかにも、性的自立を阻害する要因として「家族間の問題」、性に目覚め始める「思春期の少年・少女の問題」、社会的な理解が求められる「障がい者・LGBTQへの問題」が枝葉に含まれています。中でも自分の体を知り、清潔にし、大切にすることは、この中の「月経教育」や「処置教育」に含まれており、これは近年のフェムテックブームにも通じる概念です。
性教育とは、上の図のように包括的に学ぶことが真の意味での性教育だと北沢さんは考えているのです。
「昨今、話題に上がる性暴力に関するニュースをはじめ、性虐待やDVなどの社会問題の根底には、性差の問題が横たわっています」と北沢さん。だからこそこう話します。
「日本は、政治や制度的にみてもまだまだ男性優位な社会。女性と男性の性差をなくしてジェンダー平等な社会を目指す。性教育は、人と人を尊重し合える社会作りに繋がる大切な人権教育なのです」
次のvol.2では、そんな大切な性教育が日本ではあまり進んでない理由と、大人はどう学びなおしたらいいのか、について語っていただきます。
撮影/我妻慶一
取材・文/平川 恵