長く伸ばした髪を寄付する「ヘアドネーション」への関心が、若い世代を中心に高まっています。ヘアドネーションとは、医療用ウィッグに使う髪の毛を寄付すること。小児がんや先天性の脱毛症、不慮の事故などで毛髪を失った18歳未満の子どもたちに無償で提供されています。
国内で初めて、ヘアドネーション活動に取り組み始めた「NPO法人 Japan Hair Donation & Charity(JHD&C)」(通称:ジャーダック)の広報・今西由利子さんに、ヘアドネーションの動向や方法、寄付された人毛が医療用ウィッグに生まれ変わるまでの流れなどを聞きました。
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ヘアドネーション提供者は10代未満に増加
ウィッグや増毛、育毛などの大手メーカー、アデランスが、2019年に10〜50代以上の男女1030名に行ったアンケート調査によると、病気や事故で脱毛に悩む子どもがいることへの認識は約8割、ヘアドネーションの存在を知っている人は全体の約6割という結果になりました。年代別で見ると、10〜20代の若い世代の認知度がもっとも高く、女性の約7割がヘアドネーションに興味があると回答しています。
Q1. あなたは、がんや白血病、先天性の無毛症、不慮の事故などにより脱毛する子どもたちがいることを知っていますか?
Q2. ヘアドネーションを知っていますか?
ヘアドネーションをやってみたいと回答した主な理由では、「病気で苦しむ子どもたちの力になりたいから」「自分でも簡単にできそうだから」「社会貢献に興味があるから」などが上位に。
「ジャーダックの活動当初から、若い世代への広がりの早さを感じていました。有名人やヘアドネーション経験者によるSNS投稿も、大きく貢献してくれていると思います」(JHD&C広報・今西由利子さん、以下同)
東日本大震災後、「社会の役に立ちたい」という思いから広まった
ヘアドネーションは、1990年代後半にアメリカの団体「Locks of Love」が始め、日本では、NPO法人Japan Hair Donation & Charity(JHD&C)が2009年に活動をスタートしました。
「ジャーダックは、美容師の渡辺貴一が、髪を生かして世の中に恩返しをしたいという思いで立ち上げたNPO法人です。活動初期は、週に1~2件ほど送られてくるドネーションヘアを撮影し、ブログでお礼の報告をしていました。
そこからじわじわと広がり、急激に件数が増えたのは2011年の東日本大震災後からです。当時は、多くの人々の中に、なんらかの形で社会の役に立てないかという思いが高まり、ヘアドネーションが時代のニーズにマッチしたのでしょう。その後、長く伸ばした髪を送ることでボランティア活動になるという情報がSNSで広まるようになり、2015年の熊本・鳥取の震災後からは1日150~200件、今では年間で10万件ほどのドネーションヘアが届くようになりました」
ヘアドネーション初期層が今、ママ世代に
JHD&Cに届くドネーションヘアの中には10代未満のお子さんのものが全体の3〜4割を占めているそう。
「10年前にヘアドネーションが急激に広まった頃、中心となる寄付層は20代前後の若い女性でした。彼女たちがママになり、お子さんの髪を寄付してくれることも、影響しているようです。とくに、お子さんから送っていただく量が増えるのは、夏休みや七五三、成人式の後ですね。なかにはお手紙が添えられているものも多く、励みになります。
夏休みには自由研究にヘアドネーションを取り上げたという話もよく耳にします。自分で髪を寄付する体験をすると、髪の病気で悩んでいる同年代の子どもたちがいることが理解できます。ですから、自由研究のテーマにしてくれるのはうれしいですね」
髪の長さは? 寄付の方法は? ヘアドネーションの基礎知識
「ヘアドネーションはどれくらいの髪の長さが必要なの?」「どうやって送ればいいの?」など、まずおさえておきたいのが基本の流れ。今西さんに答えてもらいました。
Q1. ヘアドネーションはどこで受け付けているの?
「現在、国内にはジャーダック以外にも複数の団体が活動をされています。それぞれの団体によって、受け付け可能な髪の長さや状態が異なりますので、各団体のホームページでご案内されている条件を確認し、自分に合う団体を探してみましょう」
【ヘアドネーションを主催する国内の主な団体】
・Japan Hair Donation & Charity(JHD&C)
美容師の渡辺貴一さんが、国内で最初のヘアドネーションを扱う団体として設立。タイにあるアデランスの工場でつくられるJIS規格取得の医療用ウィッグ以外にも、シャンプーやタオルなどを通じて寄付に参加できるチャリティープロジェクトにも力を注ぐ。
・NPO法人HERO
2011年の東日本大震災以降、オリジナルキャラクター「破牙神ライザー龍」とともに、被災地の未就学児向けに交通安全や防災教室などをテーマにしたボランティア活動(リュプロジェクト)を行っている。メンバーの病気を機に、抗がん剤治療で髪を失った子どもたちを勇気づけたいという思いから、2016年に全国の子どもたちを対象とするヘアドネーションプロジェクトをスタート。
https://hairdonation.hero.or.jp
・つな髪プロジェクト
女性用ウィッグの制作やメンテナンスをしている株式会社グローウィングのCSR活動の一環プロジェクト。31cm以上の長さが必要なフルウィッグだけではなく、15cmの長さでもつくれるインナーキャップウィッグにも対応し、5種類のハンドメイドウィッグを提供している。
https://www.organic-cotton-wig-assoc.jp
Q2. 必要な髪の長さや条件は?
「団体により条件は変わりますが、ジャーダックでは『31cm以上の長さ』があり、引っ張るとすぐに切れてしまうダメージヘア以外であれば、基本的にどのような状態の髪でもOK。カラーやパーマをしている髪、白髪でも受け付けていますし、年齢や性別の制限もありません」
Q3 どこでカットすればいい?
「大きなイメージチェンジになりますので、まずは行きつけの美容院で、ヘアドネーションカットに対応してもらえるかどうかを確認してみるといいでしょう。行きつけの美容院がない場合やヘアドネーションへの対応ができないと言われた場合は、各団体のHPで紹介している賛同美容室を利用するのもおすすめです。行きつけの美容室やセルフカットの場合、カット前にシャンプーをして髪を濡らすことはNGなど、ヘアドネーションの条件があるので、髪を送る予定の団体のホームページを確認し、寄付が可能な髪の条件に沿ってヘアカットをしてください」
Q4. どうやって送ればいい?
「送付方法は団体により条件が変わりますが、ジャーダックでは基本的にはご本人からの発送をお願いしています。カットした毛束をひとつに束ね、髪の状態などを記載するドナーシート、受領証返信用の切手を貼った返信用封筒の3点をまとめて、追跡機能付きのレターパックで送っていただくことで、なるべくスタッフの作業効率が上がるようにしています。
ドナーシートの記入は任意、受領証も必要がなければ返信用封筒なしで送っていただいても問題ありません。髪の送付方法は、ホームページの中で動画による解説を公開しているので、そちらもチェックしてみてください」
Q5. 一個のウィッグを作るのに、どれくらいの髪の量が必要?
「頭頂部まで植毛されているフルウィッグを作るには、31cm以上の髪の長さが必要です。31cmの髪でショートヘア、40cmでボブ、50cm以上がロングヘアになります。ショートヘアで1体あたり30~50人分の毛髪を、ロングヘアでは50~70人分くらいの毛髪が必要になります。必要な毛髪量に驚きますよね。
1本1本の髪の毛を半分に折った状態でネット状の素材に織り込んでいくには同じ長さの髪が必要になり、寄付いただいた毛束の中に混じっている短い髪の毛は使用できません。そのため、実際に使える毛量はずいぶんと減ってしまうのです」
Q6. 医療用ウィッグはどうやって届けられるの?
「ウィッグを必要とする子どもたちのご家族から各団体宛に申し込みが入ります。ジャーダックの場合、頭の採寸『メジャーメント』を予約の先着順に案内し、細かい採寸を進めます。新型コロナウイルスの影響が出る前は、全国の主要都市にあるアデランスサロンでメジャーメントの対応をしていましたが、新型コロナウイルス感染症の感染拡大の懸念から一時的にメジャーメントを停止していました。その後、2020年10月からはご自宅や病院でご自身や家族の協力のもと、リモート採寸ができるようになっています。メジャーメントで得た情報をもとに、セミオーダーのウィッグを作成し、約2~3か月で子どもたちのもとへ届きます」
プロの技術を経て1年以上! ウィッグができるまで
ジャーダックでは医療用ウィッグを、“世界に一つだけ”という意味で「Onewig」(ワンウィッグ)と名付けているそう。ドネーションヘアからOnewigができあがるまでのプロセスには、いったいどのような流れがあるのでしょうか。
「まず、全国から届いたドネーションヘアは、国内での仕分けを経て、トリートメント処理のために海外へ出荷されます。このトリートメント処理には15もの工程があり、熟練の職人技を必要とします」
トリートメント処理
トリートメント処理とは、表面のキューティクルをはがす処理をしてから染毛し、乾燥。その後、髪をすいてゴミを取り除く「梳毛」を経て、髪の状態や長さなど細かいカテゴリに仕分けする「選毛」を行い、その後、髪の毛の束を一本ずつ検品すること。
「出荷から数か月の月日を経て、トリートメント処理により、長さも色味も揃った美しい状態に整えられて日本へ戻ってきます。この処理をするので、カラーやパーマ、白髪は一定の状態になっており、同じ長さのものを集めた毛束に整えられています」
毛髪の植え込み
トリートメント処理が完了した髪は国内での検品作業を行い、再び海外へ。今度は「ウィッグ作成指示書」とともに、タイにあるアデランス社の工場に送られます。ここで、ウィッグ用のメッシュ生地のキャップに、1本、1本の毛髪を植え付ける手作業によりOnewigが作られます。
毛髪を植え込むには1週間かかる
メジャーメントで作成したレシピエント(医療用ウィッグ利用者)のウィッグ作成指示書に沿って、黒いネットとスキン(人工皮膚)を合わせて「キャップ」を作ります。「着け心地に大きく影響するため、キャップひとつを作るだけでも、何度もサイズチェックを繰り返します。そのため、1点のキャップが完成するのに2時間ほどかかります」
パーマ加工をした毛髪を1本ずつ手作業で植え込んでいく
トリートメント加工をした髪は直毛のため、ゆるいカーブ状のパーマ加工を施します。その後、髪の太さや長さ、色味などにより仕分けされ、植毛作業へ。植毛のプロセスはすべて手作業になるので、1体あたり1週間もかかるのだとか。「先端が90度に折れ曲がっている細いピックで1本ずつ毛植えを行います。この作業は分業せず、1体のウィッグをひとりの職人が完成するまで担当します」
タイのアデランス工場でのOnewig製作工程は、動画でも見られます。
人毛のナチュラルさが好評! “Onewig”の待機人数は約600人
レシピエントの子どもたちの元に届いたOnewigは、そのまま着用する以外にも、ジャーダックの「ウィッグカットサロン」登録店やウイッグカットのできる美容室で、希望のスタイルへとヘアカットすることができます。
「毛先の方から傷んでくるので、少しずつカットしてヘアスタイルを変化させながら使っていただいています。『ウィッグがあることで性格が明るくなった』『おしゃれをするようになった』など、お喜びの声をいただけるとうれしいですね。Onewigを待機している子どもの数は、2021年2月16日時点で594人。圧倒的に女の子からの申し込みが多く、『プリンセスになりたい』『七五三や成人式用に長い髪が欲しい』『毛先が傷んだら切りながら、長くヘアスタイルの変化を楽しみたい』など、ロングヘアを希望しています。長い髪のヘアドネーション数はまだまだ不足しているので、ご協力をいただけるとうれしいです」
ドネーションができるまでは
カラーもパーマもしながらロングヘアを楽しんで!
ヘアドネーションが可能となる31cmの長さまで髪を伸ばすには、約2年かかります。
「『ヘアドネーションをしたいから髪を伸ばしてみよう』『ヘアドネーションで髪の毛を寄付できるなら、ショートヘアにしてみたい』など、ロングを目指したりショートにしたりするきっかけにヘアドネーションが役立てば、それもありがたいことです」
普通にヘアカットをしていれば、ゴミになって捨てられてしまう髪の毛。それを寄付することで、丁寧な作業工程を経て医療用ウィッグへと生まれ変わります。自宅にいる時間が増えている今は、髪を伸ばすチャンスかもしれません。また、ロングヘアの友人がいる場合は、ヘアドネーションについて話してあげるのも、活動の貢献につながります。できることから始めてみましょう。
Profile
特定非営利活動法人 Japan Hair Donation & Charity 広報 / 今西由利子
Japan Hair Donation & Charity(ジャーダック)はヘアドネーション(髪の寄付)によって製作した人毛100%の医療用フルウィッグを、病気などでウィッグを必要とする子どもたちに無償で提供しているNPO法人。髪を伸ばして寄付する以外にもチャリティファンディングでシャンプーやタオルなどの返礼グッズを利用する参加方法も可能。
https://www.jhdac.org
GetNaviがプロデュースするライフスタイルウェブマガジン「@Living」