会議や移動中など、なかなかトイレに行けない状況のときに限って、お腹がゴロゴロして困る、または、何かと忙しくなると、何日も便通がなくなってしまう……。そんな経験はありませんか。その症状は、もしかしたら、過敏性腸症候群かもしれません。20~30代の女性に多く、悩んでいる人も増えています。消化器治療の第一人者で、過敏性腸症候群に詳しいさくらライフ錦糸クリニック名誉院長の松枝啓先生に、原因と症状について伺いました。
Contents 目次
腸に異常はないのに、便秘や下痢をくり返す
「過敏性腸症候群」という病気を知っていますか?
「過敏性腸症候群とは、病院で検査をしても、特に腸には異常がないものの、慢性的に下痢や便秘をくり返すものです。腹痛や腹部膨満感、お腹がゴロゴロ鳴る、おならが出る、残便感などを伴います」
症状によって、便秘型、下痢型、混合型、分類不能型の4タイプがあります。
そもそも、食べたものは、胃で消化されると腸へ送られ、さらに消化吸収されて不要となったものが便として排出されます。便の形を作って、出すのが大腸です。便は、はじめは液状ですが、水分が腸壁から吸収されることで、徐々に固くなっていきます。腸のぜん動運動が3回以上起こると、排便が起こります。
「ところが、腸のぜん動運動が活発になりすぎると、便は消化管をあっという間に通過。水分が吸収されないうちに排出されてしまうため、下痢になります。一方、腸の動きが鈍くなると、便はなかなか消化管を通過できません。すると水分が吸収されすぎるため固い便になるので排出しにくくなり、便秘になってしまうのです」
過敏性腸症候群の原因は、ストレスと食事
では、なぜ過敏性腸症候群が起こるのでしょうか。その原因は、「ストレスと食事」と松枝啓先生は指摘します。
「現代は、ストレス社会です。ストレスがかかると、自律神経の働きが乱れ、消化管の運動に変調をきたし便秘や下痢そして腹部不快感が起こりやすくなるのです。また、仕事はデスクワークが中心。体を使う機会も少なくなっています。かつての日本は、一家総出で農作業をしていました。体を動かすことは、ストレス解消になっていたのです。とぐろを巻くような“いい便”は、食物繊維をたっぷりととることで作られますが、食物繊維の摂取が減っていることも原因といえます。」
さらに、「これは仮説ですが」と前置きしつつ、「衣食住が足りると、過敏性腸症候群のような病気が増えてくるのです」と松枝先生は続けます。
「現代は、成熟社会で衣食住が足り、生活に余裕ができたために自分の健康に関心を持つ人が多くなりました。そこで症状が出ると、何か悪い病気じゃないかという考えにハマってしまい、それが新たなストレスを生み出し、ますます症状がひどくなるという悪循環に陥ってしまう人も少なくありません」
脳で感じたストレスが、腸に影響する「脳腸相関」
過敏性腸症候群は、年代では20~30代と70代以上、性別では男性より女性のほうがなりやすいといわれています。人口の2割はいるとされ、発症には、本人のキャラクターも影響しています。
「繊細で、感受性が豊かな人、そして几帳面な人に多いですね。女性のほうが、ものごとに敏感で、ストレスを感じやすいことが影響しているようです。一方で、感受性が豊かという“才能”のおかげで、仕事でも成果を上げていることが多いものです。過敏性腸症候群に悩む人には、病気を気にしすぎず、感受性の豊かさに自信を持ってもらいたいと思います」
ストレスに敏感だと、なぜ下痢や便秘をくり返してしまうのかというと、体の「脳腸相関」という仕組みが関係しています。
「胃腸には、大脳と同じ神経細胞が、大脳と同じ数だけ敷き詰められており、自律神経で脳とつながっています。脳と腸のこうした関係が「脳腸相関』で、胃腸は『考える臓器』、または『第二の脳』とも呼ばれています。
自律神経には、交感神経と副交感神経があります。ストレスがない状態では、副交感神経が優位に働くため、消化吸収もゆっくり行われ、排便もスムーズにいきます。ところが、ストレスで交感神経が優位になると、腸のぜん動運動にブレーキがかかって便秘になったり、逆に活発になりすぎて下痢を起こしたりしてしまうのです。腸の不調は、すぐにストレスとして脳に伝わり、『ストレス→便秘・下痢→ストレス』という悪循環も起こってしまいます」
さらに、不安や心配というストレスがかかると、痛みを感じるハードルが低くなり、腸のぜん動運動自体も、痛みとして感じるようになるといいます。脳腸相関という側面から見ても、過敏性腸症候群の人は、とてもストレスを受けやすい状態になっているのです。
イラスト/黒川ゆかり 取材・文/海老根祐子