古くから日本の料理に使われてきた「だし」ですが、じつは日本だけのものではなく世界のさまざまな料理で使われてきたもの。でも最近、日本のだしに注目が集まっているのは、日本のだしにしかない特徴があるからなのだとか。そこで、京都料理や薬膳にも精通している料理研究家の北山みどりさんに、日本のだしの魅力について教えてもらいました。
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日本の「だし」は完璧な「うまみ」をめざすもの
「だし=和食」と思いがちですが、じつは、だしは世界各国にあります。フランス料理では「ブイヨン」やフォン・ド・ヴォー(仔牛のだし)に代表される「フォン」、中華料理では鶏がらや干し貝柱でとったスープ「湯(タン)」などが味作りのベースとして使われています。
「でも、日本のだしはほかのだしとは違いがあるんです」と北山さん。
「世界で使われているだしは、これから作る料理をおいしくするためにとるもの。それに対して日本のだしは、これから作る料理を想定してとるものではなくて、だし自体が完璧なうまみになるように考えてとっているんですよね。
例えば、ブイヨンは、ベーコンとキャベツを煮たりするとき、その料理がおいしくなるように肉からのうまみが強くなっています。だから、ブイヨンだけ飲んでもおいしくないんです。でも、日本のだしは、穏やかな味わいだからそれだけを飲んでもおいしいし、料理に加えることでうまみがぐんと増すんです」
食材を選ばず、どんな料理にも合うというのもだしの魅力だといいます。
「ここまで穏やかなうまみというのは日本独特のもので、日本でとれた食材を素直に入れてくれるようなところがありますよね。さらに日本では、だしにしょうゆやみそを加えたりして、うまみにうまみを重ねて相乗効果のうまみを作りだしている。そのあたりが世界のほかのだしの使い方と少し違っているところなんです。今まで世界に『うまみ』という言葉がなかったのは、だしに対する考え方が日本とは違っていたからじゃないかなと思うんです。最近は世界で『うまみ』という言葉が知られるようになってきましたけれど、世界中に『うまみ』はあったのに気づいていなかったということなんでしょうね。世界に和食が広がったことで『うまみ』がというものが改めて認識されるようになったんじゃないかなと思います」
短時間でとれるのは日本の「だし」だけ
もうひとつ、ほかのだしと日本のだしが違うのは「短時間でとれる」というところで、それはすごいことなのだそう。
「世界にはいろいろなだしがありますが、日本のだしのように短時間でとれるものはないんです。ブイヨンや湯などは数時間から数日かけて煮込んで作ります。でも、日本のだしは、かつおだしとかだったら朝でも手早くとれますよね。日本の場合は、簡単にとることができるし身近すぎるという意味で、だしやうまみの魅力に気づいていなかったといえるかもしれませんね。『だしなんてたいしたものじゃない』と思っている人も多いんじゃないかなと思うんですよ」
日本では生まれたときからだしのきいた料理に親しんでいるのでそれが普通だと思っていますが、昔は、だしの香りが外国の人たちに敬遠されたこともあったのだとか。
「私は京都の調理師学校で勉強したのですが、昆布とかつおの合わせだしの風味なんかは外国人には向かないといわれていて、実際に嫌がられることもあったんです。煮ものなどはしょうゆや砂糖を加えるので大丈夫なのですが、お吸いもののようなだしの風味が勝負の料理が問題。京都の料理屋さんでは、20年前くらいまでは外国人に出すときは気をつけていたんじゃないかと思います。今やそれが受け入れられて、欧米のシェフが料理にだしを取り入れたり、海外からの観光客がうどんやそばを味わったりしているんですからすごいと思います。日本人もだしの魅力をしっかり知って、もっと活用してもらえたらうれしいですね」
取材・文/小高希久恵